15区蚤の市第二弾&下着の起源

昨日は相変わらず蚤の市。
また15区ですが、今回はFelix Faure.
詳細は昨日の不器用者の記事「ボタン沢山の蚤の市!」をご覧下さい。

蚤の市を観察しながら、手芸屋と下着問題を考えます。

例えば、この刺繍糸の箱は、化粧ブラシと一緒に置いてある。
香水を置いていたBourse の蚤の市と通じるところがありますね。
b0210850_4124927.jpg

で、思い出したのが、ニットプロの会社が化粧ブラシもつくっていること。フランスの会社ではないですけどね。これもなんだか通じるところがあるのかも。

全く分からない組み合わせはこれ。レースと地球儀。
b0210850_4243717.jpg

でも、なんなく、同時代性のつながりが感じられる。地球儀って、19世紀にはとてもモダンなものだった。当時の流行、モード、そういうかんじ。

こう考えているうちに思い出したのが、学生時代に教わった歴史の先生が言っていた、「昔の人は、今の人と全く違う世界観、想像力の中で生活していた」ということ。昔のことは、異文化を理解するように接する必要がある、という教えです。自分が当然と思っていることから離れる必要がある訳です。

手芸屋と下着の組み合わせも、そういうことなのかもしれない。私たちには変な組み合わせでも、当時はまったく納得のいく組み合わせだったのかもしれない。

そこで、手芸店ではなく、下着の起源を調べてみる必要がある、と考えます。例えば、「下着」が、我々の思う下着と全然違うものかもしれない。
日本でも、昔の人は下着着ていなかったですよね。
着物の下は、男も女も、何も無し。そういう状況に出現した「下着」って、もしかしてとてもハイカラだったとか?

フランスはどうなのか。
で、ちょっと調べると。。。

フランスでも下着って比較的新しいようです。
例えばこのページによると、culotte(パンティ)は19世紀まで着用しなかったということ。スカートやズボンの下は裸だったらしいです。
http://sansculotte.perso.neuf.fr/fr/histoire.htm

ブラジャー出現も新しくて、19世紀後半。
Wikipedia のsoutien-gorge(ブラジャーのフランス語)の項によると、1889年のパリ万国博覧会が初お目見えだそうです。

下着って、モダンなんですねえ。
ここで疑問。
我々の知っている「下着」が19世紀まで登場しなかったのだったら、中世の手芸屋で売っていたlingerieは、どういうものだったのだろう?

By AB
[PR]

by amis-paris | 2011-06-07 04:13 | その他耳寄り情報 | Trackback | Comments(9)  

トラックバックURL : http://amisparis.exblog.jp/tb/15708378
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by amis-paris at 2011-06-07 06:45
そうなのよ、私も昨日その方向にリサーチを進めていて、途中で寝ちゃったのだけど、このウィキのサイトがナイスでした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E7%9D%80
ブラジャーとかは20世紀なのよ。アメリカでは大量生産が生まれたけれど、もしかするとヨーロッパでは手作りが主流だったのかも知れない。それで洋裁のグループに入っていたのかも知れないね。トリンプは確かドイツだったよね。。
By Maman Mia
Commented by amis-paris at 2011-06-07 06:52
ちなみにこのウィキによると、ブラはアメリカの女性Mary Phelps Jacobが1913年に開発して特許取ったことになっているけど、1889年のパリ万博(あ、エッフェル塔のね!)の方が古いよね。ウィキはアメリカ・セントリックな記載なのかな?あぁ、もっと知りたい。。
By Maman Mia
Commented by AB at 2011-06-07 07:38 x
ウィキぺディアのブラジャー情報はね、英語のbrassiere の記事とフランス語のsoutien-gorge の記事が違ってたよ。で、思ったよりアメリカ・セントリックでもないのね、と感心した。
Commented by amis-paris at 2011-06-07 15:55
ヴェルサイユ宮殿にはトイレがなくて、そこここでドレスのままちょいとかがんで用を足していたーーというし(ドレスの中はパンツなし)、男性用の長ーいパジャマ(ワイシャツを伸ばしたような)のお尻の部分が。前身頃より丸くなっているのは(今もワイシャツにその名残がある)、パンツの役目も果たしていたという(パジャマの下はパンツなし)話を聞いたことがあります。
トイレ事情とも関係があるのかしら・・・。面白い。きちっとした裏付けを取りたくなりますね。
Commented by amis-paris at 2011-06-07 15:56
上記、ふく、でした。
Commented by amis-paris at 2011-06-07 16:04
Wiki によると、やっぱりワイシャツは昔はロンパースみたいに一番下のボタンを後ろまで回して留めてパンツ代わりにしていたようですね。脇のスリットは下着をチラ見せするためだったとか・・・ちょっと手芸と下着からは脱線してしまいましたが・・・。By ふく
Commented by amis-paris at 2011-06-07 17:49
13世紀以降、男女の肌着の主流になったのがシュミーズ、とありました。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%82%BA)
これもウィキなんですが、それまで重ね着するという習慣がなく、シュミーズが男女、いろいろに変形していったとか。シュミーズはその後、襟やそで口にレースをあしらったり、刺しゅうをして飾りをつけるようになるので、そこに「手芸」の出番がありますよね。下着と手芸店の接点はここにあるのでは???
Byふく
Commented by amis-paris at 2011-06-07 20:07
そうなのよ、中世祭りのマダムが作った刺繍をコルセットに縫い付けているのを見て、そのつながりを感じたわ。。シュミーズやらブラやらにレースやら刺繍をつけていた?
By Maman Mia
Commented by AB at 2011-06-08 08:05 x
これは記事に値する思考だわね。

<< 昔の手芸屋と下着の件続き 中世のお祭り >>